未発表のアーカイブ素材——没ショット、断片、粗編集版。ドキュメンタリーと監督版に不可欠。
編集室には、監督が却下した、あるいは組み込まなかったテイクで埋め尽くされた何メートルものセルロイドやハードドライブが積み重なっている。これらがインディット(Inédits)である。未公開のアーカイブ素材で、撮影から最終版の間に消えていくものだ。アウトテイク、シーンの別バージョン、時間的あるいはドラマ上の理由で合わなかった完全なシーケンスなど、すべてが映画館にはたどり着かなかったポテンシャルを持つ素材だ。アーキビストや映画製作者にとっては、まさに金の鉱脈である。それらは、映画がどのように作られたのか、決定が下される前にどのような道がたどられたのかを示してくれる。
実際には、インディットはすでにカットされ編集されている削除シーン(Deleted Scenes)とは根本的に異なる。インディットはしばしば未編集の素材であり、フィルターなし、グレーディングなし、時には音声同期もされていない。これらは、編集をタイトにする、パフォーマンスがシーンの最終的な音声に合わない、上映時間を短縮する必要があるといった、古典的な必要性から生まれる。監督は、後で選ぶために意図的にバリエーションを撮影することもある――セリフの代替案、同じアクションの異なるカメラアングルなどだ。そのうちの1つだけが採用される。残りはアーカイブに保管される。
ホームシネマとストリーミングの時代とともに、その重要性は飛躍的に高まった。ディレクターズカット(Director's Cuts)やボーナス素材はすでに標準となっており、インディットはセールスポイントとなっている。素材を精査する映画製作者は、数年後に、なぜあるシーンがカットされたのか――そしてなぜそれがそれでも価値があるのか――を発見することがある。映画製作者自身やある作品についてのドキュメンタリーにとって、インディットは不可欠である。それらは結果ではなくプロセスを示す。セットや編集室で私は気づく:体系的にインディットをアーカイブし、カタログ化する者は、すでに後世のことを考えている。それが、慎重な制作と場当たり的な制作の違いである。デジタルストレージはハードルを下げた――かつては保管にコストがかかったが、今ではリメイク、再編集、分析が行われる際に報われる習慣となっている。