観客の没入感を意図的に破る手法——親しみのあるものを異化させ、受動的吸収ではなく意識的知覚を強制する。
観客は映画館に座り、スクリーンを忘れ、登場人物と共に生きている。まさにその状態を破壊するのが、この「異化効果」の役割だ。悪意からではなく、意識を喚起するためだ。観客は突然、自分が映画を見ていることに気づくべきだ。モンタージュが構築されていること。音楽が何かを伝えようとしていること。ベルトルト・ブレヒトはこの理論を深く考察した。我々映画製作者はそれを実践しなければならない。
撮影現場では、具体的には次のようなことが行われる。第四の壁を破り、カメラに直接視線を送る。現実的でない音楽やサウンドデザインを使用し、物語に合わないようにする。あるいは、感情的に強烈なシーンを突然、極めて客観的に撮影する。冷たい照明、固定されたカメラ、音楽なし。観客はドラマを期待するが、距離感を与えられる。これにより、受動的に共に泣くのではなく、能動的に考えることを強いられる。ゴダールはこの点で卓越した技量を発揮した。彼の映画は自己中断し、俳優たちは演技中に自身の役について語る。
編集においても同様に機能する。滑らかな移行ではなくジャンプカット、リズミカルに不自然なカット、物語の途中で現れてそれをコメントするタイトルやテキスト。あるいは、技術的な側面を見せる。画面に映り込むマイクの先端、カメラの反射、意図的に残された編集ミス。これは間違いではない。戦略だ。観客に思い出させる。「これは作られたものだ。これは構築されたものだ。一緒に考えよう。」
異化効果は、適度に使用すると特に強く機能する。常に異化されている映画は、疲れるものになる。芸術とは、観客を引き込み、そして再び引き戻すことにある。それは、感情ではなく、知性による別のレベルの緊張感を生み出す。政治的または社会的なメッセージは感情的に提示されるのではなく、観客が能動的に構築しなければならない。これにより、音楽や速いカットによる操作よりも、映画はより長く観客の記憶に残る。