キャラクターの内的動機が全ての行動を正当化する——心理的論理がなければ、どの場面も作為的に見える。脚本家と俳優は常にこれを追跡する必要がある。
心理的な動機付けなしでは、すべてのシーンが演じられているように見えてしまいます。観客は、キャラクターが台本によって何かをさせられているのではなく、本当にそうしたいから行動しているのかどうかをすぐに察知します。監督として、俳優との準備段階での会話で、「なぜあなたのキャラクターはこの部屋に入るのですか?」と尋ねます。「台本にそう書いてあるから」ではなく、「何が彼女を突き動かしているのか? 会うことへの恐れ? 和解への希望? 復讐? この内なる論理こそが、あらゆる説得力のある演技の基盤なのです。
心理的な動機付けは、複数のレベルで同時に機能します。そこには、今、この瞬間にキャラクターがなぜ行動するのかという直接的なシーンの動機付けがあります。そして、映画全体を通してキャラクターを突き動かす、より深いニーズは何なのかという上位の感情的な動機付けがあります。キャラクターは、侮辱された(シーン)から対立を求めるかもしれませんが、実際には不在の父親からの承認を求めている(より深いパターン)のかもしれません。脚本家はこれらの層を可視化する必要がありますが、露骨すぎないようにしなければなりません。それは繊細さを損ないます。
セットでの実践的な作業では、これは、あらゆる行動が後から正当化できなければならないことを意味します。俳優が、なぜセリフのシーンで立ち上がるのかをあなたに尋ねます。「シーンを活性化させるため」という答えは毒です。正しい答えは、「あなたのキャラクターは神経質でじっとしていられないのです。落ち着きのなさを外に発散させる必要があります。」です。すると、動きの質はすぐに変わります。それは振り付けられたものではなく、有機的なものになります。それがプロの演技と、それらしく見える職人技との違いです。
モンタージュで問題が生じることが多いのは、動機付けが一貫性を保てなかったためです。キャラクターはシーン1では傷つきやすさから行動し、シーン3では強さから行動しますが、その間に内面的な変化は起こっていません。観客は混乱して映画館に座っています。これはキャラクターの成長ではなく、一貫性の欠如です。動機付けは、楽譜のように追跡可能でなければなりません。
脚本家とエディターとの編集会議での会話では、「心理的な一貫性」が、すべてのカットの決定を吟味する基準となります。「この順序はキャラクターの内なる論理に合っているか? それとも、プロットのテンポが必要だからといって、観客を操作しているのか? プロットは待てる。キャラクターの心理は待てない。」