1月と2月——スタジオが興行収入が死ぬと不要な映画をダンプする。B級制作はここに終わる。
1月と2月は配給会社にとって、諦めの月である。クリスマスと新年の熱狂の後、映画の観客動員数は劇的に減少し、興行収入は年間最低水準にまで落ち込む。同時に、ほとんどの観客はクリスマスの出費で手持ちがなくなっているか、単に祝祭の熱狂からくる禁断症状に悩まされている。スタジオはこの時期を利用して、すでに運命が決まっているような映画を処分する。テストスクリーニングで失敗した企画、大規模なキャンペーンには間に合わなかった企画、あるいはジャンルの組み合わせが奇妙すぎて明確なマーケティング戦略が存在しないような企画である。
その背後にある論理は、冷笑的でありながら経営学的には合理的でもある。どうせ失敗する映画に、8月にマーケティング費用をかけるのも2月にマーケティング費用をかけるのも同じコストがかかる。しかし、2月に発生した損失は、映画業界全体の低迷という形で正当化される。個々の映画は統計的な大勢の中に埋もれてしまう。スタジオ幹部は取締役会に「はい、あの作品は失敗しました。しかし、1月は映画業界全体が墓場のようなものです」と報告できる。夏であれば、同じ失敗はスキャンダルとなるだろう。
プロデューサーや監督にとって、ダンプ・マンス(閑散期公開)でのリリースは、オスカー戦略、評価の機会、そして世界中のアーカイブ権利の配給にとって、しばしば死刑宣告となる。ヨーロッパの配給会社は、アメリカのダンプ決定を前兆のように見ている。もし映画が1月にアメリカで公開されるなら、ドイツの映画館もほとんどの場合、それに従う。例外がルールを証明する。時折、地元の魅力を持つ小規模なインディペンデント映画や国際共同製作映画が、1月に驚くほど成功することがある。その場合、その機会が失われる前に、迅速な決定で他の市場に投入される。
撮影現場では、その影響が直接感じられる。1月公開作品の予算は、より厳しく削減される。撮影日数は効率化され、ポストプロダクションは多大なプレッシャーの中で行われる。なぜなら、12月にはクリスマスのブロックバスターのために、公開スケジュールやカラーグレーディングのスイートが混み合っているからだ。映画はより良くなるのではなく、より速く完成する。そして、マーケティング部門が最小限の予算で映画館に送り出すまで、倉庫で待機することになる。