映画館を文化的アイデンティティを持つ場所として名付ける伝統——各劇場は建築と地元の意味によって際立っていた。
映画館はそれぞれ、俳優が役を演じるように、その名前を背負っている。それは単なる機能名ではなく、何十年にもわたって成長する文化的なブランドである。映画館の名前は、当初考えられている以上に、都市の集合的記憶を形作る。「バビロン」や「キノ・インターナショナル」といった名前は、ベルリンで育った者にとって、単なる映画上映だけでなく、特定の美学、時代、社会的な経験と結びついている。名前とは言葉による建築であり、ドアをくぐる前に、空間的・感情的な質について何かを約束するものである。
この伝統は、映画が恒久的な制度として確立されるのと並行して生まれた。初期の巡回映画館は匿名であったが、映画館主はすぐに気づいた。印象的な名前は常連客を惹きつけ、忠誠心を生み出し、地元の伝説となる。名前は、ファンタジーやプレステージ(「パラスト」「ルクス」「セントラル」「リヒトシュピール」)に由来するか、あるいは地元の特徴(地理的参照、歴史的出来事、近隣)に由来した。港の近くの映画館は、旧市街の映画館とは異なる名前を持っていた。名前は立地心理学であった。
映画の実践にとって、これは上映の場所が鑑賞の共同執筆者になることを意味する。小さく親密な「レジーナ」劇場で体験する映画は、ブルータリズム的な複合映画館のバンカーで体験する映画とは異なる。監督や配給会社はこれを長く知っており、編集やカラーグレーディングの際にも、自分たちの映像がどのような空間に着地するかを考えている。映画館の名前はまた、映画文化の層を記録する。プレミアのためのグランドシネマ、クラシックのためのプログラムシネマ、ニッチのためのインディペンデントシネマ。それぞれの名前は、キュレーションされた姿勢を示している。
今日、ストリーミング時代において、良好に保存された映画館の名前はノスタルジア、時には修復への執着となる。しかし、まさにそのために注目する価値がある。映画館の名前は装飾ではなく、映画史そのものの層なのである。それは、都市がいかにその夢を組織してきたか、そしてどこで組織してきたかを示している。