物語的慣例と視覚言語による分類——西部劇、ホラー、ドラマ。最初のショットから観客の期待、カメラ動き、カラーグレーディングを決定する。
撮影現場に来た者は、自分がどのジャンルで仕事をしているかを知っていなければならない。それは学術的な興味からではなく、ジャンルが最初のライティングから技術的な決定を左右するからだ。西部劇は、心理ドラマやSF映画とは異なる焦点距離、異なる動きのリズム、異なる色温度を要求する。ジャンルはマーケティング部門のラベルに過ぎず、それは映像言語が構築される骨組みなのだ。
古典的な慣習がその枠組みを提供する。西部劇には広大な風景、逆光、空気中の塵、平坦なカメラアングルが必要だ。ホラーは被写界深度の遊び、突然の画像変化、不快感を生み出す明暗のコントラストを用いる。一方、メロドラマはクローズアップ、穏やかなトランジション、感情的な近さを生み出す暖かいライティングを好む。映像言語はジャンルコードに従う。これは恣意ではなく、職人技だ。ノワール映画を恋愛映画のようにライティングする撮影監督は、自分の仕事を理解していない。
決定的なのは、ジャンルは動きにも影響を与えるということだ。アクション大作はダイナミックなカメラワーク、速く連続的なトランジションを要求する。アートハウス映画や静かなドラマは、静止したアングル、長いテイク、速いカットを少なく設定する。ジャンルは、緊張感、テンポ、呼吸がどのように機能するかを規定する。速いカットの西部劇は不自然に映り、静止した映像のアクション映画は退屈だ。観客は無意識のうちに、どの映像言語がどのジャンルに属するかを学んでいる。
実際には、トリートメント中、ライティング中、レンズ選択中など、あらゆる場面でジャンルの慣習が影響する。それらは制約ではなく、指針となる。チームとのコミュニケーションを可能にする。そして、そう、それらは破られることもある。しかし、それは意図的で機能する場合に限られる。ジャンルに逆らって仕事をする者は、その理由を正確に知っているべきだ。多くの場合、映像のルールを理解し、それに従うか、意図的に違反するかを決定する方が賢明である。