2つの読み方を行き来する画像——ルビンの壺、ダリの顔。ぼかしまたはモンタージュが同時に2つの意味を持つ。観客を不安にさせる。
キップビルト(Kippbild、反転図像)は、美術史におけるそれとは映画では異なった働きをする。静的な謎ではなく、「時間的な曖昧さ」として機能するのだ。知覚が二つの形態の間を行き来するのではなく、観客はどちらの解釈が「正しい」のかという不確かさの中に置かれる。これは、意図的に使用できる生産的な緊張感を生み出す。
撮影現場や編集でキップビルトは三つのメカニズムによって生じる。第一に、「ボケとピントの推移」――フォーカス面が二つの可能性のある対象物の間で揺れ動くとき、両方を同時に見るが、どちらもはっきりとは見えない。顔と風景の輪郭が、ボケた空間で重なり合う。第二に、「カットとモンタージュ」――同じ空間的または象徴的な要素を異なる解釈で示す二つの連続したショット。影絵は人間か木かかもしれないが、次のカットが確証をもたらす――あるいは、もたらさない。第三に、「構図とライティング」――意図的に両義的に保たれる。真上からも真横からも完全に見せないレンズは、奥行きと高さを謎めいたままにする。
実用的な利点は、「感情操作」にある。キップビルトは、脳に受動的に消費するのではなく、能動的に働かせることを強いるため、不快感を生み出す。観客は無意識のうちに注意深くなる。ヒッチコックはこれを心理的な緊張のために利用した。実験映画やホラー映画では、静かな動揺として機能する。目は安全性を探し求めるが、それを見つけられない。これは、「ネガティブスペース」や「被写界深度」と同じ論理で機能する――意図的に不明瞭さを許容する構図のツールである。
デジタル編集では、キップビルトはクロスフェード、選択的なフォーカス、またはカラーデザインによって精密に構築できる。アナログでは、フォーカスプルの動きと生々しいカメラ位置を通して機能する。鍵は「解決しないこと」。曖昧さは維持されなければならない。そうでなければ、画像はその効果を失う。第二の解釈が明白すぎると、何も反転しない――知覚は単に二つのものとして認識するだけだ。第一の解釈が弱すぎると、観客はキップビルトが意図されていたことにすら気づかない。バランスが重要である。