複数キャラクターによるコミックチェイスシーン——無声映画の伝統。テンポと混乱がギャグを生み出す。
ポッセ(Posse)は、組織化されたカオスから生まれる。追う者、追われる者、無関係な者といった複数の登場人物が、誤解と物理的なギャグの連鎖を通して空間を移動する。脚本はほぼ二次的なもので、演出はテンポ、タイミング、空間的な幾何学を用いて、セリフや心理的な動機ではなく、それらを操る。サイレント映画のコメディアンたちは、言葉が使えないという状況でこの形式を完成させた。彼らはすべてを動きで語らなければならなかったのだ。
ポッセを撮影する上で、まず必要なのはスペースだ。長い見通し線、複数のレベル、障害物が必要だ。長い廊下、階段、人でごった返す広場――空間的な複雑さが物語となる。カメラは受動的に追うのではなく、動きを予測し、追跡が読み取れるように配置される。カメラはしばしばアクションと並行してパンし、あるいは絡み合い、混乱する複数の追跡ラインの間でカットを切り替える。カットのテンポは物理的なスピードに対応する――動きが速いほどカットは頻繁になるが、それは無作為ではない。すべてのカットが新たな焦点を作り出す。
ポッセが単なる追跡映画と異なるのは、意図と現実が絶えず乖離していく点にある。主人公はAを達成しようとするが、バナナの皮を踏んでしまい、代わりにBにたどり着く。それが偶然にも誰かを救い、その人物がさらに大きな混乱に巻き込まれる。これは単なるスラップスティックではなく、論理がカオスに置き換えられるドラマツルギー的な構造だ。ここでは、観客があらゆるギャグの不条理な必然性を認識できるように、この連鎖を信憑性のあるものにすることが演出の仕事となる。
現代のポッセ・シーケンスは、アクションコメディやクライムコメディ映画で見られる。演出は昔と同じ原則で進められる。空間的な明瞭さを作るための全体像のショット、次に反応に寄る、そして結果へ引く。音楽も助けになる――リズミカルなスコアはタイミングをサポートしたり、逆にそれを裏切ったりすることができる。効果は、複数のことが同時にうまくいかなくなり、互いを増幅させることから生まれる。